一般的には、本を読む行為はプラスのイメージで認識されていることと思います。
かく言うTNTだって、1ケ月に10冊程度は読んでいます。いわゆるヘビー読者層だと認識しています。しかしなんだかな~ そんなに読書は大事なのでしょうか? いろいろな学校が取り入れている朝読書なるもの。・・・本なんて一度も読んだことないよ~という生徒だっているはず。本好きには、たまらない時間帯ですが、そうでない人には苦痛以外の何物でもないのでは? などと思ったりしています。
本を読むメリットとは? いろいろな人がいろいろな意見を上げると思いますが、一つ上げられるのが、文字情報をインプットする力の養成(中学入試必須の力ですね)かもしれません。本は、動画などと違い文章だけしかありません。その文章からいろいろイメージを膨らませて(想像して)頭にインプットするわけです。たしかにその力は、はかりしれないものがあります。以前、イデアに、京都にある天下のK大生の講師がいましたが、
TNT曰く『授業に出なくても大丈夫なん?』
K大生の講師曰く『本に書いてあるから、読めば、わかりますよ』
<大多数の凡人は、それがわからんから授業に出席するんだけどね>
・・・てな話もありました。
ひと昔前でしたら、情報を得る手段の多くは文字情報だったはず。昨今は、ネットなどを通じて画像や動画情報が巷にあふれています。理解したい情報のほとんどは、画像なり動画なり、文字情報以外の形で存在する時代になっています。それを見れば、良く理解できるはず。つまり、ある事柄を理解したいのであれば、読書じゃなくてネットで解決するんじゃあ~ないでしょうか?
ここでこんな声が聞こえそうです。
『まさに読書をしない人たちが増えているから、日本人の知的レベルは落ちてきているんだよ』と。たしかにそうかもしれません。最近読んだ文章に、AI(人工知能)がすべてを判断するから、大多数の庶民はおバカになるとかなんとか・・・
でも、天邪鬼のTNT、それのどこがだめなんだ? 車や鉄道が走る前の人々の移動手段のほとんどが歩きだったはず。坂本龍馬の時代、江戸と京の間を歩いて往復していたはず。現代人が同じようなことは、たとえ時間があったとしても、とてもできません。これって退化なのでしょうか? 時代(社会・世の中)は嫌が応でも変化していくものなのです。一個人がその変化の荒波にどこまで耐えられるのか? イデアでは、読書の重要さを(入試に必要だからという理由だけではなく)訴えていきたいと考えています。
TNTは今週末も地元の図書館通いです。・・・図書館の本は無料で借りられるからね。・・・ツタヤさんのビデオは無料ってわけにはいきませんので・・・