6/24OFFの水曜日。お天気はそこそこなるもこの暑気。それほど体力を消耗しないであろう滋賀の里山(三上山)に登ってきました(ここんとこ続けて登っています)。
その駐車場にあるのが、天保義民の碑。歴史でも学習する天保の大ききんの際、近江の国でおきた一揆。その一揆の目的は果たせたものの、首謀者は死罪。その首謀者らしき、土川平兵衛の辞世の句なるものが書かれてありました。

20150625-1.fw

『人のため 身は罪とがに近江路を 別れて急ぐ 死出の旅立ち』

辞世の句といえば、硫黄島守備隊司令官の栗林中将の
『国の為 重き努を 果し得で 矢弾尽き果て 散るぞ悲しき』を思い出します。

それに対して、今生天皇が硫黄島をご訪問された際に詠まれたのが
『精根を 込め戦ひし 人未だ 地下に眠りて 島は悲しき』

栗林中将は当時の超秀才。辞世の句をしたためるだけの学があるのもうなずけますが、驚きなのは、天保義民の辞世の句。江戸時代に苗字が許されているわけですからそこそこの身分とはいえ、所詮はお百姓さん。そのお百姓さんが、辞世の句を詠めるだけの学があることにびっくりです。中世における日本の教育力の高さを実感しました。

・・・辞世の句。あらかじめ作ってPCに残しておかないと・・・などと考えてしまいますね